トラウマの話

どうも富良野くまりん(@wild_man)です。


Twitterで@loooooop0820さんの書き込みを見ていて何となくトラウマを思い出したのでカミングアウトしようかと。まぁ、過去の日記で時々何か匂わせることは書いていたのですが、完全にカミングアウトするのは始めてかと。なお、5〜6年は前のことなので、多少記憶が美化されているかも。あと、今振り返って見るとTwitter上で書いたやつは少々間違ってた部分もあったりする。

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高校進学時、自分は学区外に進学したので友達はいなかった。親しい友達が欲しいと思ったし、中学生の頃は「高校生になれば彼女が出来る」ぐらいのこと、つまり彼女が欲しいとも思ったので、部活に入って親しい人を作ろうと思ったわけである。

新入生への部活動紹介を見て自分は放送部に入部したいと思った。当時からコンピュータやカメラやマイクなどの機材は好きだったことが一番の理由だった。見学に行かずに入部を決めることも学校のシステム上、可能だったが部活動見学に行くことにした。

部活動に見学に行くと、機材やPCで編集を担当する先輩と話す機会があった。確かいろいろなことを質問したと思う。使ってるPCのスペックやら機材やらソフトやら。高校性ぐらいでそういうのをそつなく使える人ってのは大体似たもの同士だから、結構親しく話すことができた。話の流れで先輩には入部したいと考えていることを伝えた。

部活動見学はこれぐらいだった。良くも悪くも普通の部活動見学だったと思う。ただ、自分にとっては普通の部活動見学が他の先輩から見ると、快く思わなかった人もいたらしい。

後日、放送部の人(女子)から「キミはオタクっぽくてキモイから入部しないで欲しい」との言づけを賜った。まぁ、正確には、入部することを拒否することは出来ないが、入部したらどうなるかは分かっているだろうなという言葉も添えられていたが。知り合いも友達も皆無の学校、しかも入学して間もなくの高校生にこの言葉はキツイ。結局、放送部に入部することをあきらめ、私はボランティア部に入部した。中学の頃の知り合いの先輩が居たってのが一番の理由だった。

ボランティア部と聞くと、老人ホームに行ったり、幼稚園に行ったりしてボランティア活動をしたりするイメージが強いが、地味に事務作業を行うことも少なくない。ボランティアってのは結局、校外の企業や団体と色々とやりとりをするわけで、もちろん人が動くと言うことはお金も動いてしまうのである。もちろん最後は先生任せにはなるが、生徒側も色々やらなくてはいけなかった。

また、ボランティア部にも大会という表現はおかしいが、年に1度、地元の各校が集まり自分たちの活動を報告し合う報告会があり、その場所で15分のプレゼンテーションを行う活動もあった。また、ボランティアがらみでユニバーサルデザインバリアフリー等の討論会で高校生代表という形で参加することもあり、PowerPointの作成、資料用の写真撮影やビデオ撮影など、世間のイメージとはかけ離れてデジタル化されていた。

ボランティア部に入部したおかげで、良くも悪くもいろいろな経験をした。それなりに真面目に活動していて、校内での先生の印象は悪くはなかったと思うし、生徒会役員を経験したこともあり、今思えば、校内ではそれなりに力を持っていたと思う。もちろん、それを振りかざすことなどはしなかったし、基本は事なかれ主義なので周りの人から見れば物足りない人物だったとは思うが。

3年になり、ボランティア部は入部したとき以上にデジタル化していた。コンピュータに詳しい先生は得にいなかったこともあり、コンピュータやデジタル機材に関してはボランティア部という感じになっていた。そして校内で行われるプロジェクターやPCなどを使う特別な集会ではボランティア部に声がかかるようになり、ボランティア部が放送部に指示を出すまでになった。3年間かけて放送部を見返すことが出来たのだ。


リアル友達の人は、ここまで執着していたことに驚く人もいるだろうし、あるいはこのことを知らなかったもいると思う。まぁ、今振り返ると、ここまで執着していたのだから我ながらキモイ。ただ、これを思っても口に出してよくはない。放送部の先輩が私のことをどう思うのは勝手だが、新入生に向かってそんなことを言うのは間違っている。人によっては不登校にもなるだろうし、最悪自殺ってのも考えられる。出るところに出れば大事に出来ただろうから、出る場所に出ておけば良かったと思う。

とは言っても、今更放送部をどうとも思っていないし、ボランティア部に入ったおかげで出来た友達もいる。その人たちは入院しているときは見舞いに来てくれたし、それはそれで良かったと思う。


ただ、やはり年頃の青年に「キモイ」は傷ついたと思う。まぁ自分のことをイケメンだとか格好いいとは思っていなかったが、キモイとまでは思っていなかった。確かにオタクっぽいってのは自覚があったけど、オタクっぽくなるのはTPOを弁えていたと思うし。

その後、自分の意見を言うときは枕詞のように「キモオタが何をほざく氏ねよと思うかもしれませんがちょっと聞いて下さい」や「何で私がお前みたいなキモイ野郎と一緒に作業しなくちゃいけないんだと思うでしょうが」など、とにかく自分の存在を否定する言葉を会話中に付けるようになった。

何度か「どうしてそんなに自分を否定するような言葉を使うの?」と言われたこともあるが、適当なことを言って解答を濁していたと思うが、そういう過去があったからだ。ちなみに過去の日記を読み返してもらうと分かると思うが、入院より以前の日記中での自己否定文は今に比べると激しい。

入院しているときも看護婦さんとは親しくなったが、基本「大学でも家でもPCばっかりやっていて俺はキモイ」と言い続けていた。まぁ、流石に彼女達は本心か大人の対応か「大学で専攻するほどコンピュータが好きってのは凄い」と言ってくれたが、あまり信用できなかった。(一方的に壁を作っていたとも言えるが)そんな自分を客観的に見て、結局トラウマになってるんだなぁって実感した。


退院後、自分を否定しすぎるのはやめようとは思った。いろいろな人の協力でつなぎ止めた自分の人生を否定すると、その人たちの協力や優しさまで否定してしまうような気がするから。ただ、やめようと思ったところで簡単にやめられるものでもない。日記では出来るだけ書かないようにしているし、口にも出さないようにしているが、心の中では瞬間的に自分を否定する10の言葉がすぐに出てくる。困ったものである。


まぁ、多分自分も多分に漏れず彼女が欲しいと思うし、とりあえず社会生活をそれなりにこなせているところを見ると、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、女性には悪いが見境なく告白し続ければ、告白人数も三桁ぐらいになれば多分彼女はできるだろう。ただし、困ったことに、このトラウマを勇気のない自分の言い訳にしてしまっている節もある。


もはやこのトラウマが原因なのか、結果なのか、理由なのかすら分からない。ただ、出会いもない男子校みたいな大学だし、機会があってもそれを生かすことは出来ないから、もう暫く(5年なのか、10年なのか、20年なのか・・)は彼女なんて出来ないんだろうって何となく思ってしまう自分が残念ではある。